いのなかとらさん

もう1年ちょっとで三十路の人がふとあの頃を思い出して復活したブログ



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2007年06月03日(Sun)      ■昔の笑説に照説■

【Yの字(超長編照説)】



Y字バランス


(長いです。自己満足です。見ないほうがいいです。
読んで面白くなくても、時間はクーリングオフ出来ないですよ。)



例えるなら、そこは暗く深い井戸の底のようで、僕は今そこから抜け出そうと色々な事をしているんだけれど一向に現状を打破できるような可能性を見出せないでいる、といった感じだろうか。
時折差し込む光にびくつきながら、それで居てその光に可能性を見出そうとしながら、そのうちあっという間に目の前からなくなるその光から目を離さないように必死で追うんだけど、結局は思ったとおりに光は消えて、ちょっとだけ悔しそうな顔しながらもそれを振り払って、僕はまた昨日までと同じように、Y字バランスを続ける。

中学の時から大学生になるまで、ずっと僕は体操部に所属していて、体操の道に精進し努めてきた。高校のときはインターハイにも出場したことだってある。そこで母校を優勝に導く事は出来なかったけれど、準優勝には導いたのだから、それでも随分とたいしたものではないか!ただ惜しむらくは、やはりあの時、あの種目は「床」。バク転もバク宙も完璧だったのに、あの時、あの一瞬のY字バランスで僕はバランスを崩し、地面に倒れこんだ。
「倒れてませんけども、なんですか?」といった顔で僕は何事もなかったかのように再び演技を再開したが、やはり審査員にそれはしっかりと目撃されていて、点数はおもしろいように減点されてしまった。「Y字バランスが成功していれば優勝だっただろうに」と誰もが口をそろえて嘆いたが、終わった事はもうあとの祭りです、今となっては後悔ばかりが僕の胸にのしかかるが、後悔は先に立たないで後に悔いるからこそ後悔なのだと言い聞かせて、我慢して、一生懸命忘れようとしている。けどやっぱり忘れられない。忘れられないまま、今日まで来た。

「おい、大丈夫か?」

僕の隣の男が話しかけてきた。彼は僕がここでY字バランスを始める前から、ただ1人でNの姿勢を保ち続けている、僕より4歳年上の男だ。30には見えないその若々しい容姿から、僕は初めこの人のことを年下だと思って、「社会にでたらお前みたいな若造はやって行けねぇよ」とか、「最近の若いやつらは、どうしようもねぇな、特にお前はな。」と言って、彼を罵っていたんだけど、ある日たまたま、彼が僕より年上の30歳である事を知って、僕は「昔からこうでしたけども、なんですか?」といった顔で急に敬語を使い始めたんだ。バレないように。
あいにく彼はそれまでの僕の暴言や勘違いによる発言に怒ってるようではなかった。なんというのか、寛容という言葉がふさわしいような気がする。何事もおおらかな心で受け入れて、どんなトゲのあるものも彼にかかれば丸くなってしまう、なんでもかんでも柔和してしまうようなそんな心を彼は持っていたように思う。

「おい、大丈夫か?Y字じゃなくて、T字になってるぞ!」

そういう彼の発言でふっと我に帰る。ぼーっとしていた。
疲れているのだろうか、さきほどまで誰がどう見てもYでしかなかった僕の姿勢が、足も手も力なくずれ下がって、Tになっていた。もう5年ほど僕は毎夜、ここに立ってY字バランスをし続けているんだから無理はないかなとも思う。近頃はより一層強く、そう思う。「もうさすがに疲れてきたかな。」そうやって。 弱音も自然と出てしまう。

大学では、うだつの上がらない体操部員でした。自分よりもっともっと上手い人がわんさか居た中で、僕の体操能力なんて誰にも必要とされず、たまの大会があっても他の上手い部員が出場するから、役目のない僕はいつも大会ではベンチとお尻を暖めているだけの人間だった。

ただそんな僕にも、唯一つだけの武器があって、それがY字バランスだった。

高校のとき栄光の舞台で悔しい思いをしたあの経験から、実は僕は毎日雨の日も、風の日も、せわしなく変わっていく環境の中で、Y字バランスをやる事だけは欠かさなかった。あの時の失敗が僕をそうさせたのだろう。悔しかったんだもの、出来る限りの事はしたかったのだ、それが報われる舞台はもうこの先ないのだろうけれど。
それがずっととどまることなく大学に入っても続けて来れたもんだから、僕は正直誰よりも綺麗なY字バランスが出来るようになっていた。大学の同じ部の仲間だって、「お前のY字バランスは、まるで道頓堀のグリコのあのマスコットみたいに綺麗だな」とか、「お前のYの可能性は計り知れないや」とか言っていた、僕以外の他人が認めてくれたのだから、それはやはり自分の慢心というわけでもあるまい。事実なのだ。それがまた自信なのだ。僕の自信なのだ。

Y字バランス


ある日、新聞紙の募集広告がふいに目に止まった。
僕はいつも、テレビ欄とか新聞の真ん中のページの下半分に載っているような写真週刊誌などの広告とかを見るのが好きだったが、その日はたまたま普段は見ないちっちゃなスペースに載っていた募集が目に入った。

「綺麗なY字バランスが出来る人、探しています。」

大学を卒業して就職もしていた。彼女はあいも変わらずいないけれど、それでもそれなりに充実した生活を送っていたし、これからもそんなそれなりの生活が続くと思っていた。そしてもちろん、そんな生活の中でも毎日のY字バランスは欠かさなかった。
生きてく上ではまったく役に立たないY字バランス。それは否定するまでもない事実だ。
ただの僕の小さな自信、「自分は誰よりも綺麗なY字バランスが出来る。」それだけの自信。
だからどうなんだって、Y字バランスが出来るからなんなんだって、人は言うだろう。そんな人にはわからなくてよい。「自信なんだ」って、「それが自分の心を支えてんだ」って、お前にはわからないだろ?胸張る僕がここに居るだけでいい。

それで良かった、そんな風に暮らしていければ良かったのだけれど、
やっぱり試してみたいとも思った。ほら綺麗なものって、見てもらいたいでしょ。
だから、新聞の広告を見つけた次の日には、僕はその広告を載せた人物に連絡を取り、喫茶店かファミレスかなんかで話を聞いていた。そしてその仕事の内容を聞いて、おもしろいと思った。自分のY字バランスが役に立つんじゃないか、この綺麗なYの字を見てもらえるんじゃないか、そう思った。だから「うん。」と返事をしてその足で、勤めていた会社に辞表を提出して、嫌いだった同僚にはゲンコツをしたし、去り際に「こんな会社、二度と来るか!」と捨て台詞をはいて、そのあとでもう1度、嫌いだった同僚にゲンコツをした。憧れの先輩にもゲンコツをした。上司にもゲンコツをした。そして新しい仕事に就いた。そのときからもう5年だ、長かった。さすがに5年も経つと疲れてくるだろう。だって毎日変わらない景色の前で、僕は夜毎暗闇の中で同じポーズで立っているだけなのだからこの仕事は。

それは夜の仕事だ。夜の間、僕と男は、とあるビルの屋上でそれぞれY字バランスとN字の姿勢でただ立っている。ただ動かないように立っている。それだけなのだ、それが仕事なのだ。
目の前には5年間変わらないビルとビルの群れがある。そういえば5年前にはまだ建設中だったビルが、今はしっかりと地面に足を据えて天高く立っている。変わったのは目の前に広がる都市部を満遍なく探しても、それくらいしかない。それ以外は何も変わらない、都市としか言いようのない冷たい街並みがそこにあるだけ。目を細めれば遥か遠くの山も見えるが、結局はそれはビルに邪魔されて、ちょこんと出てる頂上ぐらいしか見えない。ましてや僕らの働く時間帯は真夜中である。ビルの窓から漏れる光がある意味では綺麗だけど、そう思ったのはこの仕事を始めてからの数日だけで、一ヶ月も経つともうここはすぐに、暗く、深い井戸のようになってしまうのだ。眼前に灯る光があっても、それに触れる事はできない、自分がこうして立ち続けている間に、光は灯り、消える、自分が仕事から解放されて「今日も終わった」と感じるときには真っ暗だ。なにもない。

Y字バランス


そして今日も立っている。僕の隣の男はNの姿勢で、僕はY字バランスで立っている。真っ暗な闇の中を、2人の人間がビルの屋上で今この瞬間も立っているのだ。ポツンと、何かに取り残されたかのように、寂しく。

そうしてるうちにお決まりのようにヘリコプターが飛んできた。プロペラを回しながら勢いよく近づいてきたと思うと、通り過ぎる事もなく、いつものように僕らの真上でピタッと止まる。真夜中、もう深夜の12時だ。街の光はほとんどない中、ヘリコプターは今日も元気に飛んできた。この漆黒の中、危なくはないのだろうかと思うが、これまで特に事故も起きていないから大丈夫なのだろう。まぁ、事故が起き大変な事になったって、ヘリを飛ばすのを辞められないほどの需要があるのだ、だから多少の危険はあってもヘリコプターは飛ぶのだろう。遊園地のアトラクションのように、事故があってもすぐに再開されるのだ。それがビジネスなんだろう。

ヘリコプターは空中で止まり、しばらく何事もアクションを起こさない、
と思うと、急に光がパッと丸い筒のようなものから発せられる。
この瞬間はいつも緊張する。

ヘリコプターから強烈な光が照射される。「テレビを見るときは部屋を明るくして見てね」、ってこの瞬間はテレビを見るときの何百倍も遠くに離れたいぐらいにものすごい強く明るい光が、付いたと思うと屋上の僕らへすぐに向けられる。暗闇の中、急に打ち出されたその光は、劇場の暗転の中でスポットライトを浴びるのに近いのかもしれない、眩しいし、照れくさいし、ちょっとだけ、嬉しかったりする。

そのヘリコプターから発せられる強烈な光は、YとNを交互に照らしながら、やがてどちらか一方に止まった。

Y字バランス


「ヘリコプターでプロポーズ」そんな広告を見たのが5年前だった。話を聞いて、へぇ面白いと思った。
深夜、真っ暗闇の中で、ヘリコプターに乗りながら、プロポーズをするのである。たいていは男がプロポーズをする場合が多いだろう。「結婚してください」とヘリの内部で言った後で、「この下にハイかイイエの選択肢がある」ヘリコプターのちっちゃな窓から真下に見える、ビルの屋上部分を指差しながら、「YESかNOか君の返事を聞きたいんだ。」そう言う。そして選択をさせる。ライトを自由に動かす事ができるようになっているらしい。その返事が、ヘリコプターに取り付けてある強烈な光で照らされるのである。立っている僕らへ向けて。すなわち、YかNか。YESかNOか、ということだ。

多くの人や物や事が日夜交わりあってドラマを作っているこの都市部の真上、ほどなく空高いところで、ほぼ全ての生産活動が止まっている真夜中に、眩いばかりの光で、プロポーズの返事を聞く。プロポーズする側にとって見れば、一世一代の大舞台だから、こういう形のものも良かったのだろう、予想以上に多くのリッチな方々に受け入れられ、このビジネスは成立していた。
テレビでも取り上げられたりしたから、プロポーズされる側もヘリコプターに乗る時点で「あっ、プロポーズされちゃうのかなあたし」と気付いてしまうこともあったろうが、それに感づいても、最近の若い人はこういうのをロマンティックだと感じてしまうのだろう、5年間順調に客足も伸びてきているのが何よりの証明である。

Y字バランス


「さぁ、この光はどっちに止まるかな。」

隣の男は皮肉めいた言葉を発すると、交互に来る光に眩しそうな顔をしてニヤつく。実はこの5年間、Nに光が止まることなどなかった。プロポーズする側も多少の勝ち目がないと、大金を払ってこんな大掛かりな事はしないだろう、そりゃそうである、これまで一度だってNが明るく照らされた事はなかった、ということは、ずっとプロポーズは成功してきたのである。Y字バランスをする僕が、必ず強烈なスポットライトのような光で照らされてきた。光が僕のYに止まった瞬間はとても嬉しい。僕のY字バランスはその時誰に見られてるわけでもなく、ヘリコプターの上ではYESを貰い貰われで幸せそうに二人だけの世界に浸り涙で抱き合ったりしているのだろうし、この僕の勇姿なんて誰も見届けていないのだろうけど、そのときの僕は誇らしげにY字バランスをするのだ。そのときの僕の描くYが、その瞬間で世界のどんなものよりも一番輝いている、そういえる自信がある。その瞬間がたまらなく気持ちいいから、5年間も続けられて来たに違いない。
1回もプロポーズが断られたことがないから、「必ずプロポーズが成功する」というジンクスまで出来て、このビジネスの噂はどこまでも広がっていった。そのことがまたこの「ヘリコプタープロポーズ」の人気に拍車をかけたのだろう。疑いようもない事実だ。毎日客足は途切れないから。

交互に動く光は、この日も僕が作るYの字へと最終的に止まった。

やはり今日もそのジンクスは崩れなかった。光に照らされたまま僕は誇らしげにY字バランスをする。ヘリコプターの中ではやはり僕の事なんか見てないで、2人の世界に入りこれからの幸せを願って抱き合い泣きあって、将来を誓うのであろう。
そんな光景を思い浮かべると嬉しくなる、自然とYの字もより輝いてしまうだろう。
そしてそれは自分の自信となって、明日頑張るための活力にもなる。
ただ、誰よりも綺麗なこのY字バランスを見て欲しい気持ちはやっぱり消えない。見て欲しいんだよな、まぁ、見てる場合じゃないのは知ってるけど。

「また、お前の方かよ。この5年間、俺が照らされた事なんて一度もないぞ!」
僕の隣の男が諦めにも似た様子でそう言った。
そのあとでちょっと嬉しい事も言ってくれた。
「まぁ、お前のYは綺麗だもんな、隣で見ててもそう思うよ。
光が当てられるべきなんだな、それに引き換え見ろよ、俺のN。
汚いだろ?光が当たる資格なんてないんだよきっと、な。しょうがないな。」
男は隣で、そう呟いた。僕は否定するわけでもなく黙ってそれを聞いていた。

Y字バランス


仕事が終わり家路に着くのはなんだかんだ言って深夜の四時ぐらいだろう。途中までの帰り道はいつも、僕の隣でNをやっているこの男と歩く。会話はほとんどしないけれど、5年も一緒に居れば、会話がなくとももう構わないのだ。こんな特異な仕事の現場で、いつも隣に居たもの同士なのだから、お互いが何を考えているのか、機嫌は悪いのか調子はどうなのか、などわかっている。会話だけが、人間と人間を繋ぐのではなくて、2人の間の沈黙が、人間と人間を繋ぐのだ、繋いでいるのだ。

「おい、大丈夫か?今日の仕事も疲れたな。」

隣を歩く男が話しかけてきた。今日は不思議とこの男は僕の体を気遣ってくる。確かに疲れてはいるんだけども、そんなに気にされるほど顔色も悪くないし、機嫌だって悪くない。だからずっと不思議に思っていた。ずっと隣に居てお互いを見てきたのだから、多少の変化があればすぐ気づいてもおかしくはないだろうが、ここまであからさまに自分の事を気にされていると、なんだか不気味にも思えてくる。

「大丈夫なのか、なぁ?」

その言葉を聴いて、男の顔を見る。まじまじと見て「やはり」と確信した。
自分はそれほど疲れても居ないし、心配されるほど昨日、おとついと変わってはいない。今日という日に特別に心配される云われだってない。
この隣の男がおかしいのだ。
今日、いつも通りあの屋上で「今日も頑張るか」と挨拶した時から、昨日とはちょっと様子が違っていた。そのときは気のせいかなとも思ったけれど、何度も僕の体を心配してくる事と、今、この男の顔をまじまじと見てみると、パワーというか元気というか、力がどこにもない、何に怯えているのか不安そうな顔をしていたのだ。明らかに、今まで一度だって見たことのない表情だった。
僕らは駅でいつものように「それじゃまた明日」といって別れたが、去り行く彼の後姿を眺めると、「もう二度と会えないんだろうな」
そんな予感が、した。

Y字バランス


その翌日、その予感はまさしく的中して、僕の隣に5年もずっと居た男は仕事現場のいつものビルの屋上には姿を現さなかった。来なかったのだ。彼の代わりなどもちろんいないから、だからその日は僕1人だけがカカシのようにただ1人でぽつんと立っている状態だった。
夜も深まり、音が近づいてきて。いつものようにヘリコプターが真上でピタッと止まった。明るすぎる光は今日もYの字を作る僕を照らし、僕は誇らしげに美しいY字バランスでそれに答える。プロポーズは今日も成功したようだ、そうしてまた少しだけ嬉しくなった。というか、Nがないんだから選択肢がYしかないプロポーズだ。あの場所ではYESと答えるしかなかったのだろう、それはそれで、そんなのも悪くはないと思うし、逆にそういうのもありなのかなとも思う。
けどやはり、NとYという選択肢があってこその選択なのじゃないか。選択の狭間で悩んで、そうしてなんとか決意して選んだ上での、Yesだからこそ、意味のあるものなんだろうと思うし、隣にNがないと自分としては全然張り合いもない。これまでNが選ばれた事はなかったし、Nのある意味など、悪く言えば、昨日まで隣にいたあの男がいる意味なんてないんじゃないかと、そう思った事はぶっちゃけこれまであったが、いなくなったらいなくなったで、すごいよこれは。1人でこの場所に立っているの、本当にすごいよ。なんてすごい辛いんだ。なんてすごい寂しいんだ。このY字バランスだって、誰ひとり見ていないんだ。文字通り、誰一人見ていない。たった一人でも見ていてくれたから、やって来れたってのに。

Y字バランスをどれだけ綺麗にやっても、誰も見ていてくれないんじゃ、もう僕のやる意味などないのだ、とふいに思う。隣の男が居なくなる。光は僕を照らすのだけれど、ヘリコプターの上では、将来の夫婦が僕のY字バランスなんかにゃ目もくれず、寄り添って歓喜に包まれて抱き合って幸せそうにしているだろうし、パイロットさんは真っ暗闇の中でヘリコプターを安全に運転するのに必死である。
隣を見る。誰もいない。
「ああ、やはりもう誰ひとりも見ていないんだな」誰にも見せる事のないY字バランスを、別にこの大都市の真夜中の屋上ではやりたくない、誰にも見られないなら家で寂しくやっていたほうがいい、そう思った。

もう辞めよう、そう思った。
5年間の疲れが一気に襲ってきて、その日は家に帰ると、床にへたり込んでそのまま寝てしまった。

Y字バランス


次の日も、ヘリコプターがやってきた。隣にはもちろん誰も居ない。
またヘリコプターから明るい強烈な光が照らし出された。
強烈な光が浴びせられ、僕はその光に照らされながら胸を張ってY字バランスをする。

ヘリコプターの中では、今日もまた未来の夫婦が、今決まった幸せを感じながら、2人だけのムードの中で酔いしれているのだろう。僕はそれを真上に見ながら、今日もY字バランスを続けるしかない。誰よりも綺麗な、何よりも美しい、Yesを表すYの字を作るしかないんだ。

ヘリコプターが去ろうとする。プロペラの回転が速さをまし、今この場所からもと来た場所へと戻ろうとしているのだろう。ヘリコプターに乗っている男女は心の中ではひょっとしたら「お仕事お疲れ様」と思っているのかもしれないけれど、それが音となって僕の耳に届く事はどうしても、ない。いつもヘリコプターの去るこの瞬間は寂しくなる。でも、幸せになってくれりゃいいなと、僕も心の中で思うだけだから、それで成り立っているんだなとも思う。いつも取り残された僕らは、そのあとすぐかかってくる「仕事の終わり」を告げる電話を受け取って、寂しげに帰る。
「いやもう、僕ら、じゃなくて、僕、なんだな。」
1人、と2人じゃ全然違うや、今はもう僕たった1人なんだな。はぁ、寂しいな。やる気もない、なんだか一気に年老いた気分。ヘリコプターの後姿を見ていつもは我慢するため息が、簡単に出た。

「今日はこれで終わりかな。すぐに電話もかかってくるだろう」
帰る電話がかかってくるまで、Y字バランスを続けるだけだった。もう、ここでY字バランスをするのは今日で最後かも知れないなと心の中では思っていた。

すると、その時だった。
ヘリコプターが急に旋回したかと思うと、徐々に降下をしながら僕に近づいてきたのだ。
事態が飲み込めなかった。一体どういうことなのだ、これまでこんな事は一度だってなかった。どうなっているんだ。なんだどうしたんだろう。故障かな?
もしかしたら「あのY字バランスをしてる人にお礼を言いたい」そんな心優しすぎる人がいたのか、と思ったが、あの高さでこの暗さだから、Yという字をまさか人間が生身の体で作っているだなんて思いもしないのだろうと思う。ヘリコプターからじゃ、そのYというシルエットしか見えないのだろうと。Yという字の形をした置物が置いてある、そんな感じだ。人間がそれをやっていることに、気付かない人が多い、それはわかりきった事だった。悲しい事なんだけど、しょうがないっちゃ、しょうがない事ですから、くよくよしてもいられない。

そこで近づいてきたヘリコプターが僕の脇に速度を落としつつやがて止まった、それでも僕はYの字をし続けなければいけないのが辛いとこだ。そちらに向き直る事はできない、まだ終了の電話はかかってこない。
でも気になるから横目でチラッと見てみる。
ヘリコプターのサイドドアがゆっくりと開き、誰かが降りてくるのがわかった。
目が合うと僕は思わず、たまらず、我慢できず、驚いて大きな声を出した。

「え、そんな・・・、まさか」

「おう、どうしてる?」

その男の顔を見たことがあった。気のせいか、いや気のせいじゃない。
何度見たことがあるだろう、頭の中で数えてみる、1回、2回、3回・・・・数え切れるわけがない。
だって何回も見たことがあった。何度も何度も、思い出せないくらいに何度も。
もう見たくないってくらい何度も見たことがあったその顔は。
そりゃそうだろう、だって、ヘリコプターから降りてきたそいつってば、
ずっと何年も僕の隣でNを作っていた男だったんだから。

Y字バランス


「実は俺さ、結婚する事になったんだ。」

「え?」男の口から飛び出したありえない言葉。僕はあまりのオドロキで声にもならない声を出した。声にもならない声、とはつまり口をぽかんと開けて息をはいただけなのですが。まったく、なにがどうなっているかわからない。目の前の光景にただただ目を見開いて呆気にとられるばかりである。もう二度と見ることはないと思っていた男が、今こうしてヘリコプターから降りてきて、僕の目の前に立っているのだ。そして結婚するんだってさ。これがドラマだったら、俳優の僕は笑っちゃってNGを出しちゃうぜ。
「え、結婚って・・・・、いつ決まったんですか?」

「いつって・・・・、今だよ、今!決まってんだろ、馬鹿かお前は!
Yが照らされただろ?お前に光が止まっただろ?
だからつい今さっきだよ!
何年やってんだよお前は!それこそがお前の役目だろが!!」

「あ!
・・・・・、はは!!・・・そうでした。」

たった今ヘリコプターの中で、この男は相手にプロポーズをしたのだろう。そしてその答えはYESだったのだ。そこに照らされたYは僕が作っていた、僕のY字バランスが、光の中で誰に見られることもなく浮かび映えていた。まぁもっともこの男が居ないわけだから選択肢などあって、ないようなものだ。誰もがNoを選べるわけもなく、Yesを選ばざるをえないのです。Nをやるべき男はどっかに行っちゃったんだから。そいつがどこに行ったのかは知らない。あっ、目の前にいる。
「結婚か」そういうことで全てに合点がいった。なるほど、とこの上ない様子で納得する。「なるほどね、ああ成る程ね。」 謎は全て解けた、って名探偵ならここで言うんだろうな。僕は名探偵じゃないから言わないけど。
「僕の体調ばっかり気にしてたのって、あれ、僕の事を気遣ってたんじゃなくて、プロポーズの時、僕が、Yとしてそこに居なかったら困ると思って、それで心配してたんでしょ?」僕は少しからかう様に言う。

「まぁ、そういうこった」照れ笑いしながら男はほっぺたをかく。「やっぱりプロポーズって緊張するだろ?」少し前の決まりの悪さはどこへやら、今はデトックスで全身から毒素を抜いたような、晴れやかな顔で男が喋るもんだから、僕もなんだか笑ってしまった。なんなんだろう、これは。まぁ、なんでもいいんだけど、また顔を見ることが出来て嬉しいのかな。僕の表情はなんだか感情を隠せないようだ。
「最後にお前のYが見たいなって、そう思ったんだ。ずっと隣で見てきたけど、お前のY字バランスは道頓堀にあるグリコのあのマスコットみたいに綺麗だからな。」その比喩、昔、別の人にも言われたことがあります、って言おうとしたけど言わなかった。そんなことはどうでもいいんだ。それよりも口から思いもせず出たのは、限りなく0パーセントに近いような望みを孕んだ、僕が今、素直に唯一つ心の中でこの男に聞きたくてたまらないあの質問だった。

「この仕事、辞めちゃうんですか?」

男は何も答えない。少し間があって、男は急に右手を上げる。どうしたのかなって、目が丸くなったが、男はその右手で右足を掴むとそれを抱えるようにして上にあげる。伸ばす。左手も上げる。そう、それはまるでYの字を作っているように見えた。というか紛れもない、彼はYの字を作って僕の視線の先に居るのだ。
「一度やってみたかったんだ、いつもNばっかだったからな。」男のYはやっぱり汚かった、一度もやった事がないんだから当然だろう、足も上がりきってないし、これじゃあYというよりTだよ、と思った。「それTですか?」「Yだよ!」返事は早かった。

「Yesって事はやっぱ辞めちゃうんだ」そりゃそうだろう、結婚するって事は家庭も養っていかねばならない。こんな時給じゃ、やっていけないって。時給450円て!このご時勢でそりゃ辛いってば。僕の台所も毎月火の車です。なんとか節約でもって生活は成り立っている。
ヘリコプターの中に見える女性は綺麗な印象だった 。あんな綺麗な人を良く捕まえたなと思った。この仕事はもう、辞めなきゃならないだろう。僕の隣にもう立つこともないだろう、何より僕だって本日をもってこの仕事に終止符を打つつもりだったし。
「それで、この後の仕事の当てはあるんですか?」

「俺とお笑いやらないか?」
突然の提案に驚き桃の木山椒の木ですよ、「はっ?何言ってるんですか?」
「断れないだろ?決まりだな。」
僕は今Y字バランスで立っている。横にNは居ないのだから、Yesと自分自身が表しちゃっている。断る方法がないのだ。何を聞かれてもYなんだ。なんだこれは、はめられた!いや違うんですと、まだ仕事中なんですよと言っても男は応じない。してやったりという顔で、僕の顔を眺めている。

よしじゃあ、コンビ名を決めよう、ともう決定したかのように男は喋り始めた。もう断れる雰囲気ではないし、実際断るつもりも、なかった。自分には辞めた後の仕事の当てもなかったわけだから、選択肢としてははなから切って捨てることはできない、ありっちゃあ、ありだ。
「Y&Nっていうのはどうですか?」ついつい口を挟んでしまった、そしてその言葉に嬉しそうに反応した男は、僕の頭をポンポンと叩きながら、こう言うのだ。
「いや、Y&Yだ。俺も正直、ずっとYがやりたかったんだよ。Nなんてもう嫌だよ、光だって当たらないしな。」
そうしてまた彼もY字バランスをやってみる。
俺がYでお前がNだったら、俺も光を当てられたのかもな、そんな顔をしていた。確かにどんなにその彼が作るYの字が汚くても、彼が僕と逆の立場でY字を作っていたとしたら、彼は5年間ずっと光に照らされている使命を帯びてそこに居たのだろう。

僕は彼のY字バランスを見て、照れくさそうに言った。
「いや、Y&Yというよりは、Y&Tじゃないですか?」
彼のYはどう見てもTにしか見えない。汚い、Yは崩れてTとなっていた。

「そうか。じゃあそれでいいや。じゃあ、Y&Tで。」
男が何故お笑いをやりたいのか、それは僕にはわからなかった。
けれど人の幸せを見届ける、という意味では今の仕事もお笑いも共通する部分があるのかなと、なんとなくだが予想してみる。どうせやるならば、幸せのそばに居たいよな。とにかくやってみようかな、この井戸の底から抜け出してみようかなと思った。
その時、電話が鳴った。僕は携帯を取って、電話に出る。
「今日の仕事は終わりです、今日もお疲れ様です、明日もよろしくお願いします。」事務的な声が向こうから聞こえてくる、返事をする間もなく切ろうとしていたから、僕は「ちょっと待って!」と大声でそれを止めると、「実は話が・・・」そうして今日でこの仕事をやめる旨を伝えて、電話を切った。向こうの返事は聞こえなかったが、きっと驚いていただろう。でも、そんなの関係ねぇ。こういうときに無性にゲンコツがしたくなるのは僕の悪いクセだ。手持ち無沙汰な右手を自分の頭にぶつける。自分で自分をゲンコツしてやった。「いて!」

もう仕事は終わった。それでY字バランスを辞めて、男に向き直る。
「Y&T、でいいかな?」男は言った。

そして僕は、彼をまっすぐ見つめながら堂々と、
再び綺麗なY字バランスを見せ付けた。
何よりも美しい、スーっと伸びやかに、凛としたYの字を、かざした。

Yesだ。
もっともっと大きなスポットライトが僕らを待っている―



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