いのなかとらさん

もう1年ちょっとで三十路の人がふとあの頃を思い出して復活したブログ



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2007年06月30日(Sat)      ■昔の笑説に照説■

【焼きいも(笑説)】




ほっかほかの




ガタが来ている。

といっても体の話じゃあない、このボロボロの手押し車のことだ。
ところどころひび割れ、車輪は軋む音を鳴らし、
ガサツな扱い方をすればすぐにでも壊れてしまいそうなほどにヤワだけれど、
まぁ、しかし愛着があるから、新しいものにしようとは思わない。

理由ってのも、あるっちゃ、ある。
すっごいくだらないけれどね。聞く?




ほっかほかの


話は数年前にさかのぼる。
当時日本のどこかしこでも聞こえた言葉に、
「NEET」という言葉があった。
当時の世相に流されたマスコミ・メディアは、こぞってそれを取り上げ、
まるでそれを諸悪の根源であるかのように否定的に伝え、
NEETに対するイメージは、次第に本来のものからは遠ざかっていく。
仕事に就こうとしない若者は見境なく、悪いものであるかのように見成されたのだ。

仕事をしたいという意志がある人が居る。でも現在はNEETである。
そんな人が会社の面接に行く。「ここ何ヶ月も仕事してない、ってことはNEETだったんですか?」
「そういうことになりますね、でも・・・」
「でも、じゃないです。今回はご縁がなかったということで」
そうして話も聞いてもらえずに帰路につく。
意志はあるのだ、働きたいのだ。
けれどすでにマイナスイメージのてっぺんになってしまったNEETであるというだけで、
面接官は取り合ってもくれないのだ。人々は蔑むような目で見てくるのだ。
喋れども喋れども、言葉は届かない。ただNEETという肩書きに溺れている。
この社会という大海原ではすでに、NEETはみんなカナヅチだ。
必死で泳いで見つけた島へ、近づく事は出来ても、上陸は許されない。
このままだと海のもずくになって消えてしまう。
いや、もくずか。

無論、私もその「NEET」であった。
いや、「ニート」というより「ニーティスト」とでも呼んで欲しい。
はっきり言って、一方的に享受されるだけの情報に踊らされる社会に、
ホトホトあきれ果てていた。
いっそのこと、ニートであるが故にニートらしくやっていこうではないか。
そんな感情も自然と生まれてくる。
「ニーティスト」・・・悪くない。「全てをニート色に塗り替えてやるんだ。」
そんなことをもう今年で60になる母親に話したら、
便所スリッパで思いっきり頭をはたかれた。バチコーン!
「ウダウダ言ってないで、働きなさいよ!!」

そうだ、働かなくちゃ、けれど、でも、だって・・・。
数年前の自分はそんな風にして、仕事もしない、社会に何の貢献もしない、
生きてる意味すら感じない 、どうしようもない、
ただ時間を消費するためだけ生活、なんでもない人生を送っていたのかもしれない。







ほっかほかの



「駄目人間!」
当時お付き合いさせて頂いていた彼女にそう怒られた。
「ひざまづきなさい!」
火のついたローソクを鼻の下にいっぱいつけられた。
「女王様と呼びなさい!」
縄のようなもので亀甲縛りにされ、ムチのようなもので鼻の下を叩かれた。
ある時は俺が寝ている間に、わさび、からし、ある時はタバスコ、またある時はご飯ですよを、
鼻の下に大量に塗られるということもあった。
俺の鼻の下は、とんでもない事になった。毎週病院に通った。
けれど愛していた。そんな茶目っ気たっぷりのマイハニーを愛していた。
けど・・・。
行く当てのない人生に、愛する人もいつしか愛想をつかして、
時がたつにつれて徐々に2人の心は離れていき、いつしか俺のことを見捨てて遠くへ行ってしまった。

そうして気付けば齢25。

「人生は一度きりしかない」と誰かが本の中で言っていた。
25年間、そんな言葉、上っ面だけだと自分の中で勝手に判断して、
目の前にある一方通行の道、その下へと叩きつけ、無感情に一蹴してきた。

「何かが起きなければ何も変わらないんだ」、誰かが歌の中で訴える。
これまで25年、そんな唄も右から左へと受け流してきた。
ただただ受け流してきた。たまに左から右へと受け流したりもした。
俺の頭の中に訴えかけてくるその歌の一節も、
はっきり耳で、このおおきな耳で捉えているきっと正しいであろうその言葉も、
この街のビルとビルの谷間にブン投げて、叩きつけて、足で思い切り踏み潰して、
見ないフリをする。

何も変わらない平凡で平坦なこのありふれた毎日を
何を変えようともしないで、ぐうたらとただ、ただただ生きていた
生を受けての25年目。

まさか変われるとは、思っても居なかった。







ほっかほかの



転機が訪れたのは、彼女に振られて数ヵ月後のことだった。

仕事もしていない。アルバイトも続かない。
お金もない。それを手に入れるつてもない。コネもない。
毎日その日暮らし、細々と暮らすしかしょうがなかった俺は、
変わろうと思って実家を離れた。
そして住むべき場所も見つけられずに、公園などを転々とした挙句、

食べるものに困って、反社会的な行動を犯してしまう。


公園のベンチに腰掛けていたとある昼下がりのことだった。
「こんなにお腹って減るものなのか」3時間ほどずっとお腹が鳴り続けた。
グギュルズバババスポポポポ~ン チュルッチュ~ チョッチュネ~
グ~ギュルー ピュピュピュピュ ゴフッ キュリュリュ~
「あぁ、腹減った・・・・」お腹が悲鳴をあげている、といっても過言ではない。
「新聞紙って、食べれるのかなぁ?」今ならなんだって食べれそうな気がした。
それは当然だった、ここ一週間の間、口に入れたものといえば、
エリンギをライターで焼いて塩を振っただけの変な色のヤツぐらいなものだもの。
腹が減って、腹が減って、力が出ない。力も出ないし、声も出ない。
出るのは、愚痴ばかりだ。
社会に、世間に、そして自分に対する、愚痴ばっかりだ。
死にそうだった。


と、その時、
瞬間聞こえてきた、スピーカーを通って遠くまで響くおじさんの声。

『焼き芋~、焼き芋~』






ほっかほかの




「焼き芋・・・・・・、や、焼いも!!」

お金はない。けれど、食べたい。そう思ったときには既に走り出していた後だった。
お金がなくとも、食べればいい。お金なんて払わないで、食べればいい。
真っ白な雲、真っ青な空、その下に在る俺の心のなんて真っ黒なこと。
俺はおじさんのところへ駆け寄ると、まずはおじさんに砂場の砂をぶちまけた。

「くらえ!」『何をする!!わー!!』

俺は攻撃の手を緩めない。
そして今度は近くにあった木の枝を拾って、すかさず、
目を押さえて地面に肩膝をついたおじさんの股間目掛けてそれを、突き刺した。

『いやーん!』

倒れこむおじさん、悶絶の表情を浮かべている。しかし心なしか、気持ち良さそうでもあった。
構ってはいられない、俺はこの減りきったお腹を満腹にしなくてはならない。
「焼き芋だ」目の前には大量の、ほっかほかの焼き芋があった。
さぁいざ食べてやろうじゃないか、とその時、おじさんが立ち上がり息を吹き返してこちらに向かってくる。

すぐさまおじさんに対してこう嘘をついた。おじさんの足がピタリと止まる。
「ちょ、ちょっと、おじさん、あっちあっち!!ほら、あそこにいるのって、かの有名なKAT―TUNの上田くんじゃない!?」

『な、なんじゃって!!KAT―TUNの上田じゃって!!?
・・・・上田?
・・・・・・・いや、誰?』

「あ、えっ?・・・上田・・・?
いや、・・・・・俺も知らない・・・・・。
多分、いないよ、わからないけど・・・そんな人・・・。」

『・・・・なんか、すまん・・・。』

「いや、俺の方こそ、・・・・・なんかごめん。
・・・・あっ、おじさん、ほら、あれ!あそこ!
あれってかの有名なSMAPの原くんじゃない!!!?」

『な、なんじゃって!!SMAPじゃって!!
う、うほほ~い!!ワシ、サイン貰ってくるから、ちょっくらここで留守番しておいてもらえんかね、うほほ~い!』

おじさんは一目散に駆け出した。遠くで揺らぐ人影の方へ。
そんなヤツいるわけがねぇのに。
遠くに見えるあの人影のようなものは、ただの一般人だというのに。
騙した俺も少しだけ気分が悪い。
けれど純粋に騙されたおじさんのあの夕焼けに映えた笑顔が眩しすぎて、
不思議と、いい事をしたのかなと、思ったりもした。

「おじさん、ごめんな」







ほっかほかの



おじさんが飛び出していったあとすぐさま、わしづかんださつまいも。
食った食った食いまくったさつまいも。
さつまいもを焼いた焼き芋を食った食った食いまくった。
胃の中に押し込む、どんどんめり込む。胃の中の焼き芋限界を知らず。
そしてすぐにそれは胃袋で消化され、自分の活力になる。
おならが出た。プスーッ
それでも食べ続ける。溜まっていた物が自分の中で爆発したのだ。
だからおならが止まらない。ぷっぷっ。



気づいたときには、手押し車の中にあったさつまいもの3分の2を食べつくしてしまっていた。
辺りはすっかり暗くなっていて、夕陽はもうすでに沈んでいる。
どことなく、食欲満たされた自分が居る周りを見回す。
人は既にそこには居なくて、公園もすっかり活動を停止している。
ブランコに滑り台、それからシーソー、砂場、シーソー、シーソー、シーソー。
「この公園、なんでシーソーが四つもあるんだろう?」
それから思い出したように先ほどのおじさんを探す。
走っていった方向には人影などもう見えない。一体どこへ行ったのだろうか。
滑り台の上に乗って、ちょっとでも高いところからおじさんを探す。
しかしやっぱりその痕跡はどこにも見出せない。
公園を隅々まで見渡して、そこでとんでもない事に気づいた。

「あれ?この公園、シーソーが6つある・・・。」




その後、おじさんの帰りを待った。
そのときはおじさんが帰ってくることはなかった。
最近になって、そんなおじさんから手紙が来た。
住所は不明。宛先不明。差出人も不明。
これがおじさんから来た手紙だという根拠はなんだったろう?

そうだ、封筒の中に入っていた紙の一つに、
「SMAP 原」というサインが書いてあったのだった。

おじさんははしゃぎすぎたのか、間違ってマンホールの下へ落っこちて、
今では地底で元気に暮らしているということだ。
やったじゃ~ん。おじさ~ん。
やるじゃ~ん。おじさ~ん。ぷっぷっ。

ぷっぷっ。おならはまだ止まらない。



そんなこともあって、その日から僕はおじさんの代わりに
焼き芋屋をやっている。
この手押し車を受け継いだ。

日を重ねていく毎に、充実した実感が得られるのは幻か?
いや幻なんかじゃない、現実だ。
俺は、自分の生きがいをここに来て見つけだしたんだ。








ほっかほかの



焼き芋は何も焼き芋自体が暖かいわけではない。

焼き芋を通じて、人と人が接触する。接点を持つのだ。
人間と人間が触れ合った時に何かが繋がる。
そしてそこに生まれる暖かさといったらホッカイロの比じゃあない。
その暖かさは、体感温度じゃない、心の温かさだから、
熱はなかなか逃げないで心に留まっている。

逃げないし、逃がしたくない。
繋がって繋がって、その度、どんどん温かくしていく。
そう、心に溜めたその温かさがあれば、
冷めたさつまいもさえも美味しく食べれる。きっと。

心の温もりに触れることで人は、
きっと素敵な顔で笑えるだろう。
満面の笑みで焼き芋を頬張るだろう。きっと。

「心のぬくもりは、こんな冷めた人間の感情さえ溶かしうるんだな。」

あれから数年たって、私はこうして今を一生懸命に生きている。

行けるとこまで行くのだ、この手押し車と共に。








ほっかほかの





ガタが来ている。


といっても体の話じゃあない、このボロボロの手押し車のことだ。
ところどころひび割れ、車輪は軋む音を鳴らすが、
まぁ、しかし愛着があるから、新しいものにしようとは思わない。

理由は言わなくてもわかるだろ?
すっごいくだらないけれど、でも、案外悪くないだろ?

「焼きいもー 焼きいもー」

慣れたもんだ、もう何千回と叫んだもんな。

「ほっかほかの焼きいもー 焼きいもはいかがっすかー」





『一つ貰おうか?』

おっと、お客さんが来たようだ。
また繋がりが増える、心を少しだけ温かくできる。
これが醍醐味だ。そしてこれこそが、俺の生き甲斐だ。








「はい、いらっしゃいませー!
焼き芋ですね、おいくつに」 『一つ』

「一つですね、はいどう・・・・・?!」

・・・・・・まさか、
・・・・・・・・・・・・・そんな、嘘だ・・・

・・・・・・、

お、おじさぁん!





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■埼玉県在住、人生迷走中
■「スミ㌧」とか「すみさん」って呼ばれてるよ。
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■。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。ビォエェェェェェン!!
■思ってるよりも悪いヤツだよ。多分。






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